エチケット袋の歴史
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発明
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エチケット袋の歴史を紐解きますと、現在のような内側がビニール加工してある防水袋となったのは、1949年、ノースウエストオリエント航空(現ノースウエスト航空)のためにGilmore
T. Schjeldahlという発明家が製作したものが最初といわれています。
この最初のエチケット袋は、アメリカ・ノースダコタ大学の図書館に特別収蔵品として保管されています。それまでの袋は、パラフィン紙(蝋紙)や厚紙でした。最近のエチケット袋は、まだビニール加工紙のものが主力ですが、ラテンアメリカでは完全なビニールに移行しつつあります。 |
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用途の多様化
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現在のエチケット袋は、飛行機の大型化や技術の進歩で飛行機による乗り物酔いは減少し、その用途はsubway
pizza(ゲロのことです)対策からゴミ袋としての位置づけに変化しています。また、カンタス航空(オーストラリア)、スイス国際航空(スイス)、イージー・ジェット航空(イギリス)のように広告媒体としているケースもあります。
1970年代~1980年代にデザイン性で注目されたブラニフ航空(アメリカ)のエチケット袋はカードゲーム(トランプ)のスコアシートを印刷していました。コンチネンタル航空(アメリカ)はかつて機内食持ち帰りのためのドギーバッグとしての用途を提案していたこともありました。このようにいくつかの航空会社は、ユーモアのセンスのあるエチケット袋を提供していました。ハパッグ・ロイド・エクスプレス航空(ドイツ)では、短い間ですが「批評をありがとう!」と書かれた袋を提供していました。 |
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ギネスブック
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航空機関連コレクションの中では、サブカルチャー的な位置づけですが、エチケット袋のコレクター世界は存在します。「ギネスブック2011年版」には、オランダ人のNiek
Vermeulenが6,016種類の袋を持っていることで世界記録保持者と記録されています(2010年1月時点)。 |
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最近の傾向
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最近では、航空業界の競争が熾烈となり、経営の厳しい航空会社も多数あり、これらを背景として出来る限りのコストダウンを図るため、簡素な白地をベースにしたものや印刷のない無地のエチケット袋に転換する会社がアメリカを中心に広がりつつあります。 |
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デザイン
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ヴァージンアトランティック航空(イギリス)では、エチケット袋コレクターを意識して2005年および2006年に限定版のエチケット袋を提供しています。2005年は、デザインコンペでの優秀作品20点のエチケット袋(Design
for Chunks)と「スターウオーズ・エピソード3:シスの復讐」宣伝用4種類のエチケット袋。2006年は路線別5種類のエチケット袋を提供しています。これらバッグはeBayなどのオークションサイトで取引の対象となっています。 |
(From Wikipedia, the free encyclopedia :
Redirected from Air sickness bag) |
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